故 吉田惠二先生 お別れの会

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お別れ会案内掲示 本日午後3時から、渋谷キャンパス若木タワー18階の有栖川宮記念ホールで、昨年12月14日に事故で急逝されました本学文学教授の故吉田惠二先生を偲ぶ、お別れの会が開催されました。

 

吉田先生遺影 全国はもちろん、中国からもこの会に参加して頂き、その数は総勢200名を超える程。会場は吉田先生を偲ぶ方々で溢れんばかりでした。

 司会の深澤太郎研究開発推進機構助教の進行の下、谷口康浩文学部教授による開会の辞、そして吉田先生への黙祷、國學院大學在職35年間の吉田先生の略歴紹介がなされました。

 

言葉を贈る小林達雄名誉教授 引き続きお別れの言葉を頂き、10名の吉田先生の親交の深い先生方からお言葉が贈られました。小林達雄名誉教授から、二人三脚で30年間國學院大學の考古学コンビとして歩んできた歴史と、吉田先生への感謝の言葉が贈られ、また学生時代ご同期でした岡内三眞早稲田大学名誉教授からは、学生時代ご活躍そして國學院大學教員になってからの感謝の言葉が贈られました。

 

歓談 続いて、小川直之文学部教授の言葉の後、平林勝政法人理事から献杯があり、暫くの故人との思い出を語り合いながら懇談。
 その後お別れの言葉は、岡本東三千葉大学名誉教授、春成秀爾国立歴史民俗博物館名誉教授、阪本是丸神道文化学部教授、池田栄史琉球大学教授、朱岩石中国社会科学院考古研究所第三研究部長教授、椙山林継名誉教授から、先生の雄姿や教授法、はたまた飲酒の揶揄まで涙有笑い有の会となりました。

 

吉田先生の実測図 また会場には吉田先生の25歳時に卒業論文を下に執筆した出世論文「埴輪生産の復元:技法と工人」(『考古学研究』第19巻第3号(1973年1月)掲載)の実測図と拓本が展示されていました。お弟子さんをはじめとする参加者たちは、若かりし日の吉田先生の実測図面を眺めていました。

 最後に奥様である吉田みちこさんから御礼の言葉があり、また内川隆志研究開発推進機構准教授から閉会の辞で会は締め括られました。

 

 吉田惠二先生は、昭和22年兵庫県神戸市生まれ。昭和46年に京都大学文学部史学科考古学専攻を卒業。その後奈良国立文化財研究所文部技官として、平城京をはじめとする遺跡調査を担当。
 昭和55年本学文学部史学科講師に着任。昭和58年に助教授。平成元年に教授。平成19年に本学学術資料館館長、平成21年に本学博物館館長・学術資料センター長などを歴任しました。

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