2015年11月03日(火)の記事一覧

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クリスマスイルミネーション@たまプラーザテラス

クリスマスツリー@たまプラーザテラス 本日は「自由と平和を愛し、文化をすすめる」日として制定された「文化の日」。
 晴れの特異日でもあり、今年もさわやかに晴れわたる一日となりました。

 たまプラーザテラスでは、日没後の17時からクリスマスイルミネーションの点灯式が行われました。
 このツリーの前で何人もの人たちが足をとめ、きらめく光に包み込まれていました。

若木祭(3日目)

第133回若木祭看板 3日間続いた若木祭も今日が最終日。昨日の冷雨から一転して、朝から快晴に恵まれ気温も穏やかな過ごしやすい一日となりました。
 模擬店も最後の腕前を披露。発表等では4年生の最後の活動となる団体も多く、熱のこもった発表・実演が目に付きました。

吹奏楽部演奏

吹奏楽部演奏 若木タワー前の会場では、吹奏楽部の演奏もありました。
 パレードや部会の応援で磨いた腕の披露するところです。アレンジされたメロディーに観客も乗っていました。

空手道部演武

空手道部演武 若木タワー前で空手道部の演武が行われました。
 板割から続く瓦割の成功に、観客から熱い拍手が送られていました。

邦楽喫茶「花小町」

和風喫茶「花小町」 120周年記念2号館の2102教室では、尺八と箏と三絃の会が主催する邦楽喫茶「花小町」が営業していました。
 部員が奏でる和楽器の生演奏を聞きながら和食や甘味を頂ける、素敵な企画です。
 喫茶店の中は和やかな空間になっていました。

青葉雅楽会

青葉雅楽会 120周年記念2号館2101教室を使って、青葉雅楽会の雅楽演奏が行われました。
 笙・篳篥・龍笛が奏でる雅楽の調べに、観客は聴き入っていました。

ストリートダンスサークルR.O.G

ROGパフォーマンス 130周年記念5号館のピロティ―では、ストリートダンスサークルR.O.Gの学生たちがパフォーマンスを披露していました。
 集まった観客は、息の合ったダンスに見入っていました。

神輿渡御

神輿渡御 若木祭では恒例となってきた神輿渡御も、今年で43回目。
 今日は、午後0時20分に神殿前で発御祭が執り行われた後、神輿は学生たちの手により、威勢のいい掛け声とともにキャンパスを出発。
 留学生や応援団員も担ぎ手に加わり、明治通りも練り歩き、金王八幡宮と氷川神社で参拝を受け、無事にキャンパスに戻ってきました。

後夜祭

後夜祭 若木祭のフィナーレを飾る後夜祭が、百周年記念館講堂で行われました。教室の各会場で演奏していたバンドもここに集結。自慢の演奏が披露されました。
 それぞれの発表を終えた学生もが続々と駆けつけ、3日間にわたる若木祭の最後にふさわしく、後夜祭を盛り上げていました。

青山霊園展墓

秋の青山霊園 国民の祝日「文化の日」の今日は、朝から晴天に恵まれ、暖かな秋の行楽日和となりました。
 12月並に冷え込んだ昨日と比べて、7℃も気温が上がったとのこと。

東京都立青山霊園 明日は本学の創立記念日です。先日坂口吉一理事長や赤井益久学長らが、豊島岡御墓所で皇典講究所初代総裁有栖川宮幟仁親王墓と高松宮宣仁親王・同妃喜久子墓を参拝。そして護国寺では、山田顕義伯の墓を参拝されましたが、渋谷キャンパス近隣の日本初の公共墓地、東京都青山霊園にも本学先人の墓が多数あります。
 創立記念日前日に合わせ、青山霊園に眠る先人たちを紹介します。

佐佐木 高行(ささき たかゆき)

青山霊園の國學院大學先人墓_佐佐木高行墓文政13年(1830)~明治43年(1910)
幕末期土佐藩士、政治家。「土佐三伯」。大政奉還建白の協議、戊辰戦争時長崎奉行所占拠等、明治初期に活躍する。皇族の御養育掛も務める。侯爵。
明治29年6月~明治43年3月 皇典講究所所長・國學院院長・國學院大學学長
明治43年3月 皇典講究所副総裁

佐佐木 行忠(ささき ゆきただ)

青山霊園の國學院大學先人墓_佐佐木行忠墓明治26年(1893)~昭和50年(1975)
貴族院議員。神社本庁統理や神宮の大宮司。佐佐木高行の孫。侯爵。
昭和11年5月~昭和21年3月 皇典講究所所長
昭和17年2月~昭和21年8月 國學院大學学長
昭和34年9月~昭和45年4月 学校法人國學院大學理事長・國學院大學学長

鍋島 直大(なべしま なおひろ)

青山霊園の國學院大學先人墓_鍋島直大墓弘化3年(1846)~大正10年(1921)
幕末期大名。肥前国佐賀藩第11代藩主。明治・大正時代の政府高官。侯爵。
明治44年3月~大正7年4月 皇典講究所所長・國學院大學学長
大正7年4月~大正10年6月 皇典講究所副総裁

江木 千之(えぎ かずゆき)

青山霊園の國學院大學先人墓_江木千之墓嘉永6年(1853)~ 昭和7年(1932)
近代日本の文部・内務官僚、政治家。官選県知事、貴族院勅選議員、文部大臣
大正14年2月~昭和7年8月 皇典講究所所長
昭和2年2月~昭和3年3月 國學院大學学長
昭和7年8月 皇典講究所副総裁

高崎 正風(たかさき まさかぜ)

青山霊園の國學院大學先人墓_高崎正風墓天保7年(1836) – 明治45年(1912)
志士、作詞家。二条派の歌人。男爵。
明治23年11月~明治26年12月 國學院院長

芳川 顕正(よしかわ あきまさ)

青山霊園の國學院大學先人墓_芳川顕正墓天保12年(1842)~大正9年(1920)
日本の官僚、政治家。阿波国麻植郡山川町(後の徳島県吉野川市)出身。伯爵。
明治43年3月~明治44年3月 皇典講究所所長・國學院大學学長

小杉 榲邨(こすぎ すぎむら)

青山霊園の國學院大學先人墓_小杉榲邨墓天保5年(1835)~明治43年(1910)
歌人、国文学者。教務省・文部省に出仕し、『古事類苑』の編纂に従う。
國學院講師を勤める。

千葉 胤明(ちば たねあき)

青山霊園の國學院大學先人墓_千葉胤明墓元治元年(1864)~ 昭和28年(1953)
歌人、日本芸術院会員。
國學院講師を勤める。

丸山 作楽(まるやま さくら)

青山霊園の國學院大學先人墓_丸山作楽墓天保11年(1840)~ 明治32年(1899)
明治時代の外交官・実業家・政治家
皇典講究所設立に関わる。

飯田 武郷(いいだ たけさと)

青山霊園の國學院大學先人墓_飯田武郷墓文政10年(1828)~明治33年(1900)
幕末・明治期の国学者
皇典講究所・國學院の講師を勤める。

落合 直文(おちあい なおぶみ)

青山霊園の國學院大學先人墓_落合直文墓文久元年(1861)~ 明治36年(1903)
歌人、国文学者
皇典講究所教師、國學院講師・学監補を勤める。

池邊 義象(いけべ よしかた)

青山霊園の國學院大學先人墓_池邊義象墓文久元年(1861)~大正12年(1923)
国文学者、歌人。
皇典講究所講師、國學院講師を勤める。

井上 頼圀(いのうえ よりくに)

青山霊園の國學院大學先人墓_井上頼囶墓天保10年(1839)~大正3年(1914)
国学者。
皇典講究所設立に奔走。皇典講究所文学部歴史科教授。

阪 正臣(ばん まさおみ)

青山霊園の國學院大學先人墓_阪正臣墓安政2年(1855)~昭和6年(1931)
歌人、書家、古筆研究家、宮内省御歌所寄人。
國學院講師を勤める。

 

青山霊園から望む國學院大學若木タワー青山霊園から、渋谷キャンパス若木タワーの屋根が望めました。

第56回東日本実業団対抗駅伝競走大会

湯川選手  第56回東日本実業団対抗駅伝競走大会(東日本実業団陸上競技連盟主催、毎日新聞社など後援)が、本日さいたま市の県庁から熊谷市の熊谷スポーツ文化公園陸上競技場までの7区間77.5キロに27チーム(オープン参加1チーム含む)が出場して行われました。上位15チームが来年元日の第60回全日本実業団対抗駅伝競走大会(ニューイヤー駅伝)の出場権を得ることができます。

小原選手  本学陸上競技部OBでは、5区にサンベルクスAの湯川智史選手(写真上)が、6区に新電元工業の小原大輔選手(同下、左端)が出場しました。湯川選手は、区間12位で、チームは総合14位で、ニューイヤー駅伝の出場権を獲得。

  小原選手は、区間18位、チームは総合18位でした。

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